セルフイメージを掘り下げる作業

なかなかどうして自分に向き合うのは恐ろしい作業なので、自分に限って心理的な悩みはありません! 私はこう! と決めつけたセルフイメージをいったん疑ってみて掘り下げようなんてする人はすくないと思う。

 

だけど齢半世紀を超えるといろいろ疑いたくなることも多く、私はこのセルフイメージについて考えてみた。とりだって自分にとって痛くもかゆくもない平凡で普通ポジション、(普通より劣るかな)で、普通です、何も危害は与えません!あわよくば、私はいい人ですという感じ。そこに腹黒い自分がまじか? あんたほんとにそう思ってる? と確認をいれてきて、それが違っているからなんか変だな? になる。子供にぎゃんぎゃん行っている間も、私、これ自分にむけていってない? と思っている。

 

これが自分。腹ぐろ、いじわる、得をしたい、優位にいたい、面倒を逃れたい、これを隠そうとして、いいひとのふりをしている。私は選ばない、なんでもいい、みなさんがきめたことに従います、あわよくば・・・私はこんなに利用価値があるので(本当はない)ぜひ使ってくださいませと営業アピールするから、へんな自己愛にひっかかって、本当に使われるだけ使われてぼろ雑巾。いつだってふざけんなよ、ばーろーっていって逃げられるのに、逃げないで自分を差し出している。

 

さて? これをやっていて、得をしているのは私で、こういう人生脚本、セルフイメージを作っちゃってるのも私なのよ。えーそんなわけない、ありえないっていって叫んでも実際がそうなんだから逃げようのない事実。事実つきつけられると人は怒るかおびえるか逃げるかするけど、もう逃げる体力もない。怒るのもエネルギー使う。

 

今日は、アパートのおばちゃんにひっかかった。このおばちゃんごみの出し方がめちゃくちゃで、注意されたりごみをつっかえされたりしてる人なんだ。

なのに、まあ、この人のしらばっくれかた! それはそれは驚いた。私が確信つく質問をすると逃げられる。(逃げるというかこたえてくれない。そこはガン無視する―。びっくりした)

だんだん面倒くさくなってきて、ああ、この人にはまったく響いてない。自分がごみの捨て方まちがってるから回収してもらえないということが理解してないんだ・・・と思った。

いかにも弱者のようなふりをして、いったい何のパフォーマンスなのこれ? とだんだんイラついてきたわけです。

 

怒るのもエネルギー使う。イラつくにしても、全く自分に関係のないどうでもいい人じゃなくて何かしら影響のある人なんだろうけど、もうちょっと自分のエネルギーを有効につかいたい。そんなことを考えた一日でした。

 

 

 

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