心理学を自分を責める道具にしてはいけないということ

今日は心理の1day勉強会に参加してきた。

途中で(自分にとって都合が悪い内容になると)意識が遠のくところがあったけど、

4時間ぶっ通し、先生もお疲れ様です。

 

で、先生が何度もいっていたことは、セッションは自分が幸せになるためにすること

 

心理学を学ぶと知識がつくのでそれをつかって自分を解析し・・・最後・・・だからダメなんだよ! にしてしまうことがあるけど、それはいけませんと。

今日の内容は、自己否定だった。

私は品揃え豊富の自己否定デパートなので、自慢じゃないけどいくらでも自己否定がでる。

ペアで自己否定をだしあったのだけど、面白いことに、相手のかたがだしてくる自己否定をデパートだと思っていた私は一つも出さなかった。(のろまだとかおいていくとかそういうのは自分にいったことがないということに気が付いた)なのに、なんで今子供に、遅い! といって怒り狂ってるのか? (忘れちゃってるのかな・・・自分がいわれたことすら忘れちゃう。もしくはあんまりよくない記憶とリンクしていて葬り去ってしまったのかもしれない。それは無理に穿り出さなくてもいいやと思っている)

 

とにかく筆記することが忙しくてせっせとメモをとるんだけど、途中でふと。筆記することが目的になってる。いまはちゃんと話をきいてみようと思って書くてを止めて話に集中した。メモとっても見直さないと思うし、とったところで忘れちゃうならいまこのとき大事なことをちゃんと聞きたいと思ったのだ。

 

さて。自己否定は自分の利得につながります。自己否定してまで手にしていることは何なのでしょうか。今日はそのことを考えながら寝ようと思います。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です